結論:松井秀喜氏が、巨人の新監督に就任しました
2026年10月23日、巨人は新監督に、OBの松井秀喜氏(52)が就任すると発表しました。同じ日の午後、東京都内のホテルで就任会見が開かれ、山口オーナーも同席しました。松井氏は、現在はヤンキースのGM付特別アドバイザーを務めています。
2027年シーズンから、巨人を率います。

会見で語った言葉
松井氏は、これからのチームについて、「これからジャイアンツに新たな黄金時代が訪れるよう」と抱負を述べ、「きょうここからスタートしたい」とも話しました。会見では、笑顔も見られました。
もう一つ、会見で語られたのが、長嶋茂雄さんへの思いです。「本当は、長嶋監督にもこの姿を見ていただきたかった」。長嶋さんは、昨年6月3日に、肺炎のため89歳で亡くなりました。松井氏は、そのとき、米国から緊急帰国しています。
生前に長嶋さんと交わした約束については、「その約束を果たしたいなと思っています」と述べました。ただ、内容については、「今はお話しすることができません」としています。
背番号90が意味するもの
新監督が着けるのは、背番号90です。長嶋茂雄さんが、監督として最初に指揮を執った1975年から、6シーズンにわたって着けた番号です。長嶋さんは1974年に現役を引退していて、監督としての歩みは、この「90」から始まりました。
松井氏は、選手時代に巨人で着けた55ではなく、恩師と同じ番号を選びました。
松井秀喜という人:主な歩み
- 1992年夏:星稜高校の選手として甲子園に出場。2回戦で、5打席連続の敬遠を受けました
- 1992年11月:ドラフト1位で、巨人に入団。4球団が競合し、抽選で当たりくじを引いたのは、当時の長嶋茂雄監督でした。背番号は55です
- 長嶋監督の指導:「4番1000日計画」として、毎日の素振りを課し、二人三脚で育てました
- 1996年:セ・リーグのMVP
- 1998年:本塁打王、打点王(34本塁打、100打点)
- 2000年:本塁打王、打点王、MVP、日本シリーズMVP。42本塁打、108打点で、日本一になりました
- 2002年:50本塁打を打ち、本塁打王、打点王、MVP。チームは日本一です
- 2003年:ヤンキースに移籍。のちに、エンゼルス、アスレチックス、レイズでもプレーしました
- 2009年:ヤンキースでワールドシリーズを制覇。日本人で初めて、ワールドシリーズMVPを獲得しました
- 2012年12月:現役引退を表明
- 2013年5月:長嶋茂雄さんとともに、国民栄誉賞を授与されました(授与式は東京ドーム)
- 2018年:野球殿堂入り
日米通算の成績は、2,643安打、507本塁打、1,649打点です。日本球界では、本塁打王と打点王を、それぞれ3回獲得しています。

巨人とのつながり:足かけ12年
引退の2年後、2014年に、松井氏は初めて巨人の臨時コーチを務めました。その後も、春季キャンプで指導を続け、今季で5度目です。選手への技術指導や、座学も担当してきました。足かけ12年にわたって、チームを見てきたことになります。
2015年からは、ヤンキースのGM特別アドバイザーとして、選手の育成にも関わってきました。
巨人の今季と、監督が決まるまでの流れ
今季の巨人は、5月下旬に阿部監督が辞任し、橋上秀樹監督代行(60)が指揮を執りました。最終成績は76勝64敗3分けで、優勝した阪神と2.5ゲーム差の2位でした。ところが、CSファーストステージで、3位のDeNAに連敗して、敗退しました。10月11日にシーズンが終わり、橋上監督代行は退任しています。
その後の監督人事では、監督経験者の原辰徳氏(68)と高橋由伸氏(51)には、目立った動きがなく、松井氏が最終候補に残りました。22日には、監督が決まらないまま、ドラフト会議が行われています。
24日からは、ソフトバンクとDeNAの日本シリーズが始まります。シリーズ中は、大きな発表や会見を控える慣習があるため、開幕前日の23日が、発表の日になりました。
新監督が最初に取り組むこと
会見で、松井氏は、コーチ陣について、今後少しずつ決まっていくと話しました。組閣を、「最初の大事な作業」と位置づけています。現時点で声をかけたコーチは、1人だけです。
このあとの予定
- 10月24日:松井新監督が球団施設を訪れ、スタッフなどにあいさつ
- 10月30日:全選手とスタッフが集合し、来季に向けて始動






